増改修住宅

東京代々木Y邸 (2016年竣工)

都心に建つ3階建の2世帯住宅で、1階部分の親世帯の増改修工事です。

築5年を経過したばかりの改修で、
お話を伺うと以前建っていた昭和の家とイメージが違うとのこと。

では昭和の家に戻しましょうと言ったはいいが、
木造で3階建の特殊工法。
耐力壁になっている壁と柱は動かせず、
主だった9本の柱も柱脚が特殊金物で固定され動かせない。
増築部は既存の3階建と切り離す、
そんな状況でしたが、何とか元のイメージに戻すプランができ、
確認済み後工事着工。

ところが工期も延びるし採算も合わないとの判断か、
内装の解体まで行った工務店が工事から撤退。
唖然!そこで、できる事を勧めながらCM方式を取ることにしました。
ここに至るまで1年半、増築と改修でさらに6か月を要す。

建築主のこだわりも並大抵ではない。
との厳しい条件下での完成。
高い評価をいただき、その後も小さな改良を加え続けています。

>> CM方式とは

 

代々木Y邸

以前の玄関は二間続きの和室がある家にしては狭かったので
土間の部分も3倍近くに拡大。
右の下足入れは5年前新築時のものを再利用。

 

代々木Y邸

北山丸太の袖壁裏手は廊下になる。
玄関は廊下の奥行きを余分に取っています。
延焼線から外れるので建具は木製(ヒバ)

 

代々木Y邸

東西に走る長い廊下が1階の軸線となり両側に部屋を配す。
構造柱を隠すため、二間続きの和室側は大壁としているが
右側は化粧柱、半柱などを用いている。
     ガラスシェードのペンダントのあるあたりが玄関、
その手前に水屋があり右の押入れは水屋道具を収納する。

 

代々木Y邸

竹簀子や上、中、下の通り板はこれからだが、
天袋や棚収納に使っている建具は昭和時代の家のものを寸法を合わせて使用。

 

代々木Y邸

和室二間続きの8帖の方。
部屋の間口は以前より拡大しているが、まだ2間に満たない。
内法高を1730になるまで下げている。
建具の高さを低くすることはまずないが、
建築主は、和室の座っての落ち着きを取りこの高さにこだわった。

 

代々木Y邸

8帖から6帖を見る。奥の掘り込みは掘りごたつ用。
なお天井の杉板は建築主、大工、建築家が木場に赴き、
いくつかのロットの中から気に入ったものをその場で選んだ。

 

代々木Y邸

二間の連続感が分かりやすい。
6帖の廊下側に玄関が面している。

 

代々木Y邸

6帖側から玄関を見る。左手奥はトイレ。

 

代々木Y邸

南に張り出す和室から庭を見る。
奥の庭に面する窓二つが、二間続きの和室にあたる。
中央は洋室への出入り口。
この洋室は二間続きの6帖と並ぶ。
左手はトイレ入り口。

 

代々木Y邸

西側隣家の樹木の影が障子に映る。

 

代々木Y邸

南張出し和室はトイレ、洗面、浴室の水回りに直結している。

 

代々木Y邸

西側隣家の樹木を借景とする洗面所。
建具や色、金物も昭和の家にこだわった。

 

代々木Y邸

天井と右側壁は色が違う。
コストダウンのプロセスで、
できるだけ前の家で使用していたものを再利用する事に決めたので、
濃い色が以前のヒノキ板。
浴槽やバス乾燥機も以前使用していたもの。

 

場所は東京の代々木。

改修工事ですが、築20年30年後の建物ではなく

新築後まだ、5年しか経っていません。

水屋があり茶道も行える築50年

昭和の日本家屋が新築以前は建っていました。

それを取り壊し、新たに

2所帯の住める総3階建て(1階1所帯、2,3階1所帯)を

新築したのですが、1階部分が手狭であること、

以前の日本家屋の住まいに懐かしさを感じる事、

などからYさんは1階部分の改修を当社に相談されました。

 

木造3階建ての特殊工法を採用した新築建物で、

しかも全体を支える1階を改修するのですから特殊金物による耐力壁

には手を付けずに全体改修が成り立つ方法を考えねばなりません。

しかも現状が手狭であるとすれば何らかの増築が想定され

確認申請も通すとなると幾つものハードルが見えてきます。

 

「数寄屋ルネッサンス」と副題を付けたのはもとの日本家屋を復興させ

あらたな茶道空間のあるすまいをつくる、意味からですが、

それを実現するには

更なるハードルが待ち構えていました。

 

ともあれ今回は玄関から。

新築時の1階玄関はホールも含め1坪でしたが2.5坪に増えています。

前面道路の中心から3メートル以上離れているので準防火地域であっても

木製格子戸がつかえます。

いつもなら建具や天井にはべんがらを塗装しますが、ルネッサンスですので

素木(白木)のままです!

 

前回の写真が暗めでしたので

今回は明るいものを選びました。

 

玄関戸を開けた時の景観です。

下駄箱は5年前新築時のもの。

入口襖の高さは、新築時180㎝でしたが

新築前の昭和の家に戻し

和室周りは173㎝に戻しています。

 

たかが数センチと思うかもしれませんが

建築主にとってその差は大きい。

襖と天井との間の、下がり壁が数センチさらに下がるので

和室内部がとても落ち着いた雰囲気になります。

 

五年前、新築した家を

新築以前の昭和の家に戻す工事を紹介しています。

 

新築時の設計者は当方ではなく別の方です。

ですが、工事は新築を行った会社が担当しました。

改修範囲を解体する工事までですが。

 

写真は玄関の土間部分です。

建具にしても、幅木などの造作材にしても普段は

べんがらで黒く塗りますが、数寄屋なので塗りません。

すると右手の画像の幅木のように赤味と白太の部分がはっきりしてきます。

また、杉、ヒバ、欅など異なり色味が目立ってきます。

 

べんがらを塗った場合、落ち着いた統一感と、古色が醸し出されます。

 

写真は和室側から廊下、玄関を見ています。

左手廊下の奥にはトイレがありますが、

改修前には玄関があり、玄関のあたりは

ダイニングルームになっていました。

手前の廊下から玄関奥にかけて棹縁天井が

続いています。奥行きは約3メートルあり、

天井板は2メートルの長さですので途中で

継がなければなりません。

赤味と白太の木目が同じような板で繋ぎます。

 

少し転んでいるところもありますが、

1枚板に見えるよう

細やかな大工工事が行われています。

 

前回に引き続き

座敷側から玄関方向を見ています。

右隣の8畳間が写真に加わっています。

玄関の当たりは以前ダイニングルームだったと

表現しましたが、ではキッチンは

その時、どこにあったか?

8畳の奥に見える廊下や光を受けている収納部が

改修前はなくキッチンになっていました。

襖の裏に隠れていますが、その収納の左手には

茶道用の水屋があります。

8帖には炉が切られていますが手前6帖側の

切り込みには掘りごたつのフレームが入ります。

こうやって見ると二間続きの昭和の家には

ゆったりとした伸びやかさがあります。

 

和室6帖から和室8帖を見ています。

廊下⇒座敷⇒庭の関係が分かります。

中央右の床の間、床柱、床框は改修前から動かしていませんが

脇の押入れは建具高さを1800㎜から昭和の家の1720㎜に変えたので

鴨居、長押と床柱の納まりは上下にずれます。

そのずれの所在が分からぬほど、大工技で自然におさめています。

一方、改修後、部屋自体を52㎝、廊下側に広げているので

床、壁、天井、そして建具、すべてをやりかえています。

代々木の高層ビルがまじかに迫る住宅地にあって、ここには緑豊かな庭があり

対応する二間続きの座敷も整い、より一層、昭和の家に戻ってきています

 

前回のブログ写真を反対側から見ています。

奥の座敷と手前の襖は白に統一しています。

試みとしては以前の昭和の家に戻したのですが

構造壁が大壁(柱が壁材で隠され、見えない)

で真壁でないがゆえに、一層モダンな印象を与えます。

 

次回から少し天井板購入物語?

に触れてみましょう。

 

前回のブログ写真で

天井板に使われていた杉材です。

場所は東京デズニ―ランドにちかい

浦安の木材センター。

問屋さんがいくつか集まっています。

目当ての問屋さんにはなく仲間の問屋さんから出てきた

材料をいただきました。

秋田杉のうづくり源平仕様のものです。

木目には固い冬目とやわらかい夏目がありますが

やわらかい夏目をワイヤーブラシ等でこすりへこませ、

固い冬目を浮き上がらせ、木目を強調した作りです。

源平とは、木目の赤い部分(赤味)と白い部分(白太)

分かれている材料の事です。

写真では板の中央部が赤味、端部が白太になっています。

板の厚さは7mm、幅は30㎝、長さは190㎝

このままですと表面の板の表情はわかっても

その下にどの様な材料が重ねられているかは不明。

そこで梱包をといで並べることにしました。

それは次回に。

 

 

周囲はテーブルにしたいような

材木ばかりです。

が、それはひとまずおいて

そこに杉棹縁天井板を立てかけ

垂直方向の木目を合わせるべく、

組み合わせを考えます。

 

天井板の他に

今回のプロジェクトには

水屋があるので

塗り壁下の腰板も

合わせて選んでいます。

1ミリ以下の厚さしかない貼り物の板と異なり

3センチ厚の無垢の杉板は森に立っていた頃の風格があります。

水屋の正面と両脇の三方向に腰板を使用します。

三枚に切り落とすので、もったいないのですが、

一枚板から取ると、三方向の木目の流れが自然なものとなります。

 

前地板を選んでいます。

水屋流しの手前にあり、

床に張る板です。

次回は水屋の写真を

ご覧いただきましょう。

 

完成一歩手前の水屋写真。

奥に銅板製の水屋流し、その周りの腰板や

前地板、そして棹縁天井板など今まで

浦安の倉庫で見てた素材が

使用されています。

こげ茶色に近い建具類は

以前の昭和の家で使われていたもの。

旧家で使用されていた

建具の配置は工事着工前に決める。

通常は枠が出来上がってから、採寸して

建具の幅を決定する。

が建具優先で枠の寸法を決めたところもある。

水屋も以前の昭和の家に復興する方向で

寸法決めを行った。

 

手前右手収納の奥が前述の

水屋になりさらにその奥が玄関。

突き当りは2階への階段で

5年前の新築時と位置は変えていない。

左側は

和室6帖と8帖の続き間。

新築時、建て主の要望を脇に置いて

構造体を優先して、今回改修すると

この様に、廊下が一直線に通り

新築前の昭和の家に戻る。

 

前回の写真を撮影した方向を見ています。

廊下の突き当たりには窓、改修前はキッチンの中に

取り込まれていましたが、取り払われるとこのように

廊下の端部に位置する窓になります。

全回の画像、中央に階段が見えていますが

昇り切ったところにも窓があるので、

この廊下が光と風の通路になるわけです。

 

元に戻って前回と反対側の階段のアップです。

階段そのものと周囲の壁天井はほとんど改修前

と変わっていません。

手前の廊下の天井や古建具の板戸は新たなもの。

右奥にちらっと扉が見える納戸や更に右奥に続く

キッチン、は以前ここに無く、

洗面所と浴室になっていました!

 

前回ブログで「右奥にキッチンが、、、」

と書いたので

その説明画像です。

手前の扉は以前の昭和の家で使われていたもの。

扉の奥は以前は洗面所、浴室がありましたが

今回は納戸になっています。

右奥にはキッチン。

正面の壁の中に構造上

取り外せなかった柱が仕込まれています。

 

構造柱は右の壁にもあって

写真のように壁で覆っています。

以前の昭和の家のように木造在来工法であれば

リノベーションでも

構造壁の位置をかえることはできるが

今回は木造3階建の特殊工法であるため、構造壁

と鉄製ベースプレートのついている柱は動かせず、

必然的にプランの制約は増えます。

因みに両袖壁の手前には食器棚が置かれ

制約を逆手に取り、有効活用しています。

 

今回の写真は前回に続くキッチン。

ガゲナウのIH+バーベキューグリルと

レンジフードは既存のものをそのまま使用しています。

改修前より明るいキッチンとなり、設備は

システムキッチンらしくない

昭和のイメージに戻しています。

 

建物の端から端まで背骨の様にとおる廊下、

そこから枝別れするようにキッチンや玄関が配置され

その間にはトイレもありこのように「枝道」でアプローチします。

完全に昭和の数寄屋に戻るわけだはないのですが

正面のトイレ扉は手直ししてもらいそのまま使っています。

 

昭和のトイレのドア

裏側はこんな感じです。

ちゃんとガラスも入って内鍵もかかる、、

のですが、トイレの水洗化に伴って

いつの間にか見られなくなりました。

改めて眺めると

竹の透かし模様も利いていて

実に物語性が豊かです。

特殊な場所だけに

更に個性的、芸術的なドアが

あってもいいですね。

 

壁の向こうには

中央の廊下やそれに続く階段があります。

右端の戸を引くと、その廊下が現われ

奥にキッチンが見える、といった具合。

右端の引き戸、戸尻から階段はのぼりはじめ、

中央の襖の高さは階段を避けるように

低めに設定し、左手の古建具はかろうじて

階段をかわしています。

中央と右端は新規の建具ですが、左は2階押入れ

にて使用していた、「昭和の家」時代の物。

従い高さは1730。右は和室の建具高さに敷居分30を加えて1760。

若干の高さの違いがあらわれています。

襖は和室に使われますが、このように和に近いインテリアでは違和感なく

黒光りする漆縁はむしろモダンな印象さえ与えます。

異なる素材の建具が並んでいるわけですが

壁にかかる絵の様でもあります。

 

新宿高層ビルがまじかに迫る代々木のすまいを続けます。

 

これは5年前の3階建て新築時にかなわなかった

それ以前の昭和の家に1階部分を戻す

改修工事です。

わずかに見え明かりのついている右端の壁が前回の画像になります、

前回画像の右端の引き戸を開け、

廊下からこの洋室に入った時にみえる景色です。

 

左手には南東方向の庭が映ります。

今回増築部分(障子の右側が入口)が庭に張り出しており

午後の日がさえぎられがちですが、

張り出し部の右手、西から、東の窓へ、さらに庭へと西日が差し

夕方から夜へと向かう一瞬、逆に庭が明るくなります。

右手には午後の日が差す、洗面化粧室が見えています。

 

緑の見える窓からはそろそろ日が差してくる頃です。

 

工事中の、まだ壁がなく柱のみが林立していたころ、

職人さんの午後3時の休憩時、この窓からの光が

1階の現場全体を照らし出していました。

 

洋室南側に増築した和室から

見ています。

右には庭、

庭奥に、二間続きの和室。

今回の改修で新たにした、

白木の木製サッシが見えます。

中央の襖の奥は洋室

左手はトイレ、洗面化粧室

奥に、浴室と続きます。

 

写真は工事中のもので、

庭にブルーシートまで見えますが

完成時、庭側の掃き出し窓には

障子が入っています。

 

洋室南側に増築した和室から

見ています。

右には庭、

庭奥に、二間続きの和室。

今回の改修で新たにした、

白木の木製サッシが見えます。

中央の襖の奥は洋室

左手はトイレ、洗面化粧室

奥に、浴室と続きます。

 

写真は工事中のもので、

庭にブルーシートまで見えますが

完成時、庭側の掃き出し窓には

障子が入っています。

 

前回と同じ位置で撮影しています。

襖を占めると

だいぶ落ち着いた和室に

なります。

よく見ると柱は部屋の中央に位置していません。

柱から右の壁までは1820ですが

左は1517です。

隣地の樹木が障子に映るように

境界までゆとりがなく、内外の要求の

せめぎあいの結果の寸法です。

さらによく見ると、柱から左より

右の壁面のほうが手前に出ています。

この和室は増築なので

既存部分には力がかからぬよう

独立した壁を設けており

壁厚分、手前に柱を立てています。

光の当たり方で壁のずれが

よくわかりますね。

 今回のような改修工事では既存部分との関連を

どこまで表すか迷うところですが

すべて隠すのではなく既存部分を

新たな視点で表現し、

新旧の融合した味わいを出したいと思います。

奥の浴室を、和室から眺めた画像です。

和室(寝室)から

トイレ⇒洗面化粧室⇒浴室

と続きます。

木製浴槽は

5年前の新築時に、

この家で使われていたもの。

 

以前の浴室に使われていた、

柿渋のヒノキ板も

同様に、

今回の改修で

再利用しています。

 

壁のヒノキ

右手の壁はすべて既存の浴室に張っていたもの

再使用しています。

そういえば

天井の浴室乾燥機も再利用。

腰のタイルは全くの新規

(株)丸喜のSEKKA(石華)

十和田石風の製品。

 

前回とは逆に

今回は浴室から

突き当りの和室を見ています。

(正確には、和室入り口の戸襖を、ですが)

和室の戸襖を開けると、トイレ⇒洗濯機⇒洗面化⇒浴室

と続くわけで、年齢を重ねても移動が

楽になるよう、ホテルのように

水回りを和室(寝室)の隣に設けています。

 

床の仕上げは杉の縁甲板

奥のトイレ部分のみCFシートに替えています。

手前の洗面室からは隣地の緑が眺められ

あわせて

たっぷりとした日差しもいただきます。

 

洗面化粧室、陶器やコーリアンではなく

ここはステンレスを使用しています。

建て主が以前住んでいた昭和の家がそうであり

引き出しも当時のものに近づけています。

 

シンクにゆとりを持たせ、深めに作っているのも

水を一旦洗面器に入れて

それから洗顔する「伝統」を引き継いでいる

ところからきています。

 

わきの杉板は天井板の余りですが、浮造りの杉材が

光を受け、その表情の豊かさを

まじかに見ることのできるスポットになっています。

 

5年前に新築した建物の1階部分を

新築前の元の昭和の家に戻す

「数寄屋ルネサンス」、

新築後、5年の経過であっても

住まい手の意識には変化が見られ

今回の改修になったのですが

これとて完璧とは言えず

今頃は、さらに手が入っている

のかもしれません。

そうやって次第次第に「我が家」

という存在が醸造されていくのでしょう。

 

今回のプロジェクトでは

見積り契約後、解体工事途中の段階で

工務店が去り、致し方なく

個別の職人さんに工事を分けて発注する

分離発注により工事を行うことに。

 

 改修工事は天井や床を外して初めて

隠れていた部分があらわになります。

 事前の調査で状況把握に務めますが

時に不可測のじたいもあり改修工事の見積りは

リスクが大きい。

かといって分離発注工事でも

過大な見積もりを承認するわけにはゆかない

 

最終的に分離発注による工事費は

許容範囲内に収まりました。

 

計画段階から完成まで、

設計監理には2年半を費やしましたが

建て主も設計者も試行錯誤を繰り返し

満足のゆくものにたどり着けたといえましょう。

 

次回からは新たなテーマです。

 

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