べんがらちゃんの目

避難所体験

昨日の地震ですが

横浜の事務所に戻りエレベーターが10階まで上がり始めたとき

左右の壁にぶつかりながら上昇しているのに気づきました。

緊急停止装置が働き、途中階で降りたまではよかったのですが

あまりのゆれで外廊下側の窓手摺につかまり、やり過ごそうと思いつつ

前のマンションを眺めると、明らかに震えるように動いていました。

揺れがおさまってから外階段で一旦地上におり、安全なところで静観。

阪神淡路大震災の時、三宮界隈でビルが道路に軒並み倒れこんでいた光景を

思い出しました。

固定電話なら通じるかもと思い10階まで階段でのぼり、事務所の

ドアを開けると惨憺たる光景、幸いパソコンとサーバーは難を逃れました。

スタッフの一人を桜木町まで送るも平沼の事務所に戻るまで1時間近く、

身動き取れぬ渋滞。普段は10分程度なのに。

友人のレストランで食事を取っているときパシフィコで7000名まで帰宅難民を受け入れるとの情報。が海の近く、津波の危険性もあり平沼小学校に避難しました。

毛布とビスケットの非常食、30名ほどの帰宅難民の半数以上が事務所近くの予備校生と先生たち。地震情報は絶えずラジオで流れそのたびごとに携帯の緊急地震速報がいっせいに鳴る。横になっても眠れません。

日が昇るころ事務所に戻り車を動かします。

渋滞も解消しており、現在建築中の現場を回り、

まったく問題ないことを確認後、帰宅しました。

 

画像は世田谷のコッテイジです。解説は次回に。