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日本の美を伝えたい 641 「江の島 天國」
江の島 天國
弁財天
江の島神社には弁財天が祀られている。
音楽、芸能、財運の神様。
江戸時代は多くの参詣客が訪れ、中には芸能関係者、歌舞伎役者や三味線、筝曲を奏でる人々がお参りに来る。従い彼ら彼女らの「追っかけ」も多く来た事だろう。
あわせて富士講や大山講などの信者たちが江の島にお参りに来た際,泊まったのが宿坊で、当地に残っていた廃屋も、大黒柱や、押入の幅奥行、などにその歴史を忍ばせていた。
ところで大黒柱、奇妙な場所にあった。
普通は部屋の真ん中にあるが、南の外壁にとりついていた。
文献を調べてみるとどうやら、廃屋は江戸時代、倍以上の広さがあったことが考えられ、従い外壁にとりついていた大黒柱も部屋の中央部に位置していたと思われる。なぜなら寄棟屋根の建物が中央付近でスパッと切られた形で建物が残っていたからだ。明治初年まではその状態が維持されたが、旅館業は廃業しその後、貝細工業を営み、登記されている昭和19年ごろからは畳屋を営んでいたようだ。しかし家はどう見ても江戸時代のものではなく、おそらく茅葺屋根をかけ替える際、大改修を行ったのではないかと思われた。
本来であれば腐っている柱は根継を行い、構造体は1本1本番付けして解体し、補修のきく、効かないの選別を行い、再度組みなおすのが筋であるが、廃屋状態。3か所の屋根が抜け、雨水がまともに流れ込み、2階の床梁は傾き、壁、床も抜け、35年人の住まぬ状況を目の当たりにした。
敬意を表して腐食部を取り除いて大黒柱を残し、しかも元あった位置に据えた。
また大黒柱の礎石は石マネキとして玄関先に据え旅館名を刻み、財運を祈願する。