「昔の家は独創的人間を育てた!?」

藤本 幸充

現代の家は、一階に居間・食堂といった共有のスペースを持ち、二階には個室が並ぶ欧米流のスタイルがほとんどではないだろうか。その様な今様の住居が造られる一方で、一世紀ほど前に建てられた農家や町家の多くが、暗く寒く、プライバシーが守られないなどの批判を浴び、姿を消していった。
 京都大学の会田雄次氏によれば、「独創的人間は、古くさい昔風の家に育ち、堅い平凡秀才は、近代化され機能別の部屋に分かれる新しい家に育った」「独創的な人は、個性もあり行動力もあって面白い。追跡調査をしてみると、社会に出ても失敗例はあるが、何か意義のある事をし、自分でも楽しく生きている」という。日本人全員が独創的になる必要もないと思うが、家屋の構造が人間形成に影響を与えるという言葉の意味は重い。


 何より昔の家には、柔軟性があった。部屋ごとの使用目的も明確には定められていない。
例えば縁側は、机を持ち込むと勉強部屋になり、襖や障子を外せば、冠婚葬祭の場にもなった。また、部屋を追加したりはずしたり、リフォームが容易である。自然素材で構成されているので家主にも手入れが出来る。自らの手で大切に守りながら親から子へと百年以上住み継ぐことが出来たのだ。日本の気候風土にあった素材には、アレルギーを引き起こす要因もなく、出入口が引き戸であるためバリアフリーの機能にも富む。現代の住宅の抱える問題は、昔からの家にはそもそもなかったともいえる。

  昔の家で寒さを感じるのなら今の技術で断熱を考えればよい。床暖房という手もある。プライバシーの守られた家は、新婚時代や子供が生まれた頃には快適だと思われる。がしかし、二十一世紀の日本を担う子供達の住む家としては、もっと昔の家の良さを取り入れてもよいのではないか。

 そんな事を考えていた折、福井県の池田町と今立町にあった百年前の蔵と母屋を、鎌倉時代の陶磁器を展示する「鎌倉古陶美術館」として移築・再生した。北条時宗で有名になった円覚寺の隣に建っているので、横須賀線からご覧になった事があるかもしれない。

 まず、住宅や蔵が美術館に姿を変えられる事に注目していただきたい。伝統構法の建物は用途を選ばず、再利用が出来る。完成までの苦労話はここには書ききれないが足しげく現場に通い、多くの職人さん達と会話をし、完成度を高め、建築家としてよりもむしろ1人の職人として建物づくりに関わる体験をした。
優れた彼らの技術を息子や孫の世代まで伝えたいという気持ちも日増しにつのっていき、「歴史的建造物と未来とをつなげていく事」が私の役割と意識するようになった。
その後の動きをまず、大磯の例からはじめよう。
鎌倉古陶美術館