お施主様側からみたコンストラクションマネージメント


私のCM体験記 その1

鎌倉設計工房のことを、私はインターネットのとあるサイトでしりました。そのサイトにあった「直感で選ぶ建築家」というコーナーで、瞎滅法にクリックしてあたったのが藤本さんという偶然のめぐり合わせでした。もともと、「和」の家がいいと思っていた私は、そういう建築家にあたったことに偶然よりも必然を感じ、すぐさまそこにあった鎌倉設計工房の連絡先へメールを入れていたという次第でした。
横浜駅から程近い、マンションの一室にある藤本さんの事務所に訪れたのは、夏の日差しが強い2002年8月の某日でした。その1週間ほど前に、土地の契約をしていた私は、それまでいろいろな面でご協力をお願いしてきたハウスメーカーによる時間的拘束などで、自分の家を誰に頼むべきかをまとめなくてはならない状況でした。茅ヶ崎の敷地面積85坪(当初は65坪と言われていたが、実測で85坪になった)、建ぺい率50%、容積率100%の土地だったが、旗状地であることと、海から徒歩5分くらい来たところで海の感じが漂わないこと、親との同居などの条件をご説明して、それでも次のような希望があることをお話をしました。

1) 家族が一同に集えるLDKを中心とした構成
2) 2世帯が干渉せずに暮らせる構成(親世帯は"離れ"的な空間を希望)
3) いつも家族の気配が感じられる導線
4) エアコンをなるべく使わないつくり
5) 家族で集える図書室的な書斎
6) 屋根に布団を干して寝られる


こうした条件に見合うようなラフプランを2週間後くらいまでに出していただくという、今考えると非常に無理なお願いをしたのでした。
このとき、藤本さんから初めて「コンストラクションマネジメント(CM)」による分離発注のお話をお伺いしました。実際のところ、はじめて家作りを志したときに考えていた予算を大きく上回りはじめた私の最大の難敵は、どうやってコストをできる限り最小に収めていくかということにも大きな焦点がありました。そのとき、分離発注をした場合とそうでない場合の費用の差を割合でご説明いただきながら、ベースコストとなる専門業者さんへの支払いが、仮に鎌倉設計工房が通常工事を依頼している総合建設会社に頼んだ場合を10とすれば、6程度で変わらないのに対して、分離発注の場合は経費分が圧縮されて全体で8.5に収まるという話でした。この話には、非常に興味が惹かれました。というのも、ここまで説明してきたように、自分たちの家作りを頼む先をどうしようかと迷いながら、何人かの建築家さんにもお会いしており、そこでもこの経費分に関しては非常にグレーだったからです。そして、ハウスメーカーの出してきた見積も、予想を大きく上回るもので、その見積額をベースに考えた場合に、CM法で発注すれば、自分の理想とするものを適切な、手の届く価格で手に入れることができるかもしれないという感想をいだいたからでした。
事務所からの帰り道、自分の家作りに希望の光が見えた感じがしたのと同時に、いろいろなこと係わっていけるという楽しみも同時に膨らんできたのでした。

つづく


私のCM体験記 2 (CMの範囲)

2週間後、約束通り、藤本さんから我が家のプランが出てきました。よく画家が書く絵コンテのようなそのプランの図は、想像をしていなかったものでした。漠然と「和」がいいと思っていた自分の中の、漠然と惹かれていた感じがそこにあったからです。それは、半世紀ほど時間を遡ったような間取りで、平たく言えば、漫画のサザエさんの家はこんなかなと思わせるように、庭に面した縁側に、回遊性を持たせた中廊下を持つ構成でした。このプランは藤本さんが建設予定の土地を直に見に行ってくださって、周囲との調和を意識し、かつ当方の希望をそこに反映した形をご検討された上で作成していただいたものでした。複数の建築家の方にお願いして、その中で自分たちに最もあったものをと考えていた私たちは、このプランを見て、惚れ込んで、鎌倉設計工房にお願いしようという気持ちが高まっていきました。

期待に胸を膨らます一方で、最終的な予算との兼ね合いを考えなければ、最終的に鎌倉設計工房へお願いをできない状態でした。加えて、土地の契約に従ったローン実行可否の確認期日が迫ってもおり、予算がどの範囲で銀行へのローンをどれくらい見込めばいいのかという確認のためにも、予算の確認は必須の懸念事項でした。
最初に、藤本さんのところにお邪魔して際、CM法のお話を聞いた時には、「設計・管理費を含めて坪60万円から対応できますよ」というお話をお聞きし、自分たちの建てたい大きさ40坪と用意できそうな予算の規模を考えると十分の気がしました。しかし、実際にお願いするとなると、この基本費用の中にどんな項目が含まれるのかが大変気になり、藤本さんにお願いするための基本データとして、巷の雑誌(「住まいの設計」とか、「ニューハウス」など)でよく記載されている参考費用の項目を抜き出して、どの項目までが含まれるのかとメールで確認しました。その答えは自分の期待を大きく上回るものでした。雑誌に記載されている費用では、多くの場合、設計・管理費はもちろんのこと、外溝、照明・冷暖房費用など坪単価という表現でなされる費用から外されている項目が多いのが事実です。ところが、いただいたご回答では、これらの費用をほぼ含む形で坪単価を設定されているというのです。おそらく、このWebサイトをご覧の皆さんは、建築家と一緒に家を建てようとお考えの方だと思いますが、本当にそんなことができるのかと、半ば感嘆に近い気持ちをお持ちだと思います。実際に私もそうでした。けれども、建設費の大半が見えた今現在では、このことは紛れもない事実であると確信を持って言うことができます。これこそがCM法におけるCM (Construction Management:建設管理)なのです。
予算の件での確認をさせていただいて、改めてCM法が益々、自分の中で我が家の建設をお願いするための大きな要素として広がり、家族の了解を取り付けて藤本さんにお願いすることに決めたのでした。

つづく



私のCM体験記 3 (家作りを建築家に頼むために−銀行編−)


CMとは直接関係のない話かもしれませんが、家を建てる上で非常に大事な話として「ローン」の話があると思います。自分の家を建築家に頼むためには、ローンをどうやって借りるかということも問題になります。
実は、ローンを借りるときに、いくつかの難題にぶつかりました。その中で最も大きな壁となったのは、ローンを借りるには家を含む担保の設定が必要になるということでした。通常、建築家に家を建てることをお願いするとしたら、土地を決めて、この土地にどんな建物を建てようかと思案して相談に訪れると思います。この時、当然のことですが、土地の契約を不動産屋としている訳ですから、いくらかのローンを組むことが想定されているはずです。ですが、公庫やその他住宅金融公庫で扱うローンを借りようと思えば、住宅を含めた抵当権の設定と工事請負契約書(これが非常に曲者で、後々この工事請負契約書に悩まされることとなりました)が必要になったり、申し込みから完工までの期限が決まっていたりと、結局この段階で公庫にお金を借りることができないという結論に達しました。同じことは銀行でも言えました。いくつかの銀行でローンの相談をしましたが、こちらも工事請負契約や正確な図面が必要であるというようなお返事をいただくことが多いことや、公庫との併用であれば難色を示されるというようなことで、思うようにローンを組むことができませんでした。
このような話は、喉もと過ぎれば熱さ忘れる、なのでしょうか?藤本さんを探し当てた時のようにインターネットを調べてみても、有効な情報が出てきません。というか、皆無でした。果たしてどのようにしたらローンを無事に借りることができるのか、この時は途方に暮れた毎日を過ごしました。小市民は家を建築家に頼んで、自分の意に沿う家を建てることができないのかと考えました。
結局、自分の場合はどのようにしてこの問題をクリアしたかというと、これもインターネットなどを使って銀行のローン関係の情報をいろいろと集めて、足しげく通いながら、お金を貸してもらえる銀行を探した、ということになります。銀行でも支店の窓口に行くよりも、ローンプラザやローンセンターなどと呼ばれるところを開設している銀行も多くなっており、ここに行くということで、これまであまりいい顔をしなかった銀行であっても、ローンを貸し付けてくれる可能性があります。私の場合はまさにこれで、何とか土地の決済でローンを組むことができるようになりました。
とはいえ、このような形式でローンを組むと、銀行の方としてももしもの時の抵当権の設定等に問題があり、家に関してもその銀行で借りることを要求されたりします。公庫関連のローンとの併用をする場合も、銀行は建物がある程度出来たところ(通常は屋根工事完了時点)でのローンの一時実行がなされるという仕組みになっています。私の場合は、あらかじめ住宅財形の貯蓄を利用しての財形融資の話をしていましたが、それまでのつなぎを銀行でとお願いしましたが、抵当権の設定が出来ない物件に関しての融資が出来ないということで、この道が閉ざされて、結局銀行から全額をお借りすることになりました。
このお話のどこが問題かというと、CM法は施主が直接専門業者と契約をする形の方法です。そのため、基本的な支払いは施主が直接業者に支払うというものになるため、工事が始まってしまえば、あらかじめ先行しての支払いを意識した資金準備をする必要が出てくることになるのです。その意味で、事前に藤本さんとお話していた際に、工事金額の4割程度までを着工時点で支払うことが出来れば、コストを抑えられるというのがあり (*
)、これを念頭に入れた資金準備をするとなると現行の制度では対応できないことになるということになります。私の場合は致し方なく銀行で全額をお願いすることにしましたが、CM法を実践するには、まだまだ社会的な制度や金融商品がそろっていないことを痛感すると共に、CM法の難しさも体験することになりました。(銀行関連のお話は改めてご紹介したいと思います)

つづく

(*)鎌倉設計工房よりのコメント
コストダウンの為に支払条件をよくする意味でこのような状況があったが、現在は信用度が高まり末締めの翌月末払いの形を業者に対してとる為、このような事態はない。また、「すまいと」のサイトでは出来高で融資するシステムも出来ている。


私のCM体験記 4 (家作りを建築家に頼むために−見積・コスト編−)

この体験記の最初で、ハウスメーカーにお話を聞いた後に、家作りのやり方に疑問を持ち、その果てに辿り着いたのが鎌倉設計工房さんであったことを記したと思います。建築家に家作りを頼むことを考えるとき、ハウスメーカーで言われることとの比較をしてみることが、最もわかりやすいのではないかと思います。
私も幾人かの建築家の方にご相談にあがりましたが、特にどなたもが言われるのは「コストの明確化」という点です。コストセーブのために材料費の細かいところまで見ていきますよ、というのがどなたもが言われていた点です。あるレベルのコストセーブは、実はハウスメーカーの持ってくる見積でもできるのはないかと思います。実際にハウスメーカーから取った見積は積み上げ式と言われ、使うべき材料の一点一点の費用までが記載されています。ところが、私が一番に不信感を抱いたのは、そうした見積の最後の方で、「見学会協力費、出精値引き」などという項目が出ていることなのです。また、どの建築家さんに尋ねても、建築事務所の出される見積における費用は実績ベースというものでした。例えば、我が家の場合で言えば、キッチンや衛生設備にかかる費用は、実行の実績ベースでの費用であるため、ショールームやハウスメーカーに言われる費用よりも数十%のオーダーで安くなってくるのです。
ところでCM法に話を戻しましょう。建築家に自分の家作りをお願いするとしても、建築家によってその先の工事に違いが出てきてしまいます。これは建築事務所から発注する先が、工務店になってそこでの一括請負みたいな形になる場合がそれにあたります。この場合であれば、程度の差こそあれ、ハウスメーカーにお願いする場合の出精値引きと同じことが起こると思われます。なぜなら、工務店側で経費として計上される費用があることになるからです。それと、これが一番大事なことだと思いますが、工事監理の部分が多くの場合工務店に任されてしまうと想像されます。建築事務所にお願いして作成される図面は最初から完璧ではありえないので、工務店に一括して任せることは大変なリスクを内在させてしまうことになると感じます。工務店側が毎日の監理をする(建築事務所が週に1度程度とかで)となれば、見逃されてしまう問題も出てきてしまうのではないかと思うからです。
CM法はこの点、各工事の専門業者と施主が直接の契約をすることになっており、その調整と現場の監理は建築事務所がやってくれるというものなので、否が応でも建築事務所の方に毎日のように現場に行ってもらわないと現場を指揮できる人がいないことになります。そのため、監理という点でも安心できる仕組みではないかと思うのです。実は本来の監理というのは、施主自身が行うのが基本ですが、施主は一般に建築の専門家ではないので、監理部分を建築事務所にお願いする契約書になっています。(これが一般的だと思うのですが)ですので、CM法を選択することで、実は建築事務所に監理の範囲を厳しくお願いしていることになり、世に言う欠陥住宅が自分の家に成ってしまうことを防げる方法のひとつだと思います。ちなみに、私があった建築家で藤本さん以外の方々は、工事の依頼先をひとつにされる方ばかりでした。監理については、「毎週1回は監理のために現場に出向き、必要なミーティングを実施します。それと、工事をお願いする工務店には出向いて行って、その技量を評価してからお願いすることにしています。」という怖いこと言っていました。ちょっと技量の評価しただけでは本当のところはわからないだろうし、現場が決まらないとお願いできる工務店すら見つからないという状況では、建設される家の品質はどのように作りこまれ、誰が責任を持つのかを見にくくなると思ったのです。
このようなCM法を選択することの意味を理解できるかは非常に施主にとって重要です。しかし、CM法を選択することで、建築事務所に監理の必然性を追ってもらうと同時に、管理の義務が施主に発生していますし、その家作りが成功するか否かという責任はすべて施主に発生します。このような点で、自分が信頼のおける建築家かどうか、瑕疵などの事項についてどこまで建築家と納得できているか、更にそもそも自分は責任という範囲を、どの程度まで考えているかという点については十分に考えておく必要があるでしょう。非常に重い責任を自分自身で負うことになりながらも、CM法を私が使いたいと思ったのは、期待されるコストセーブを実現できることと、責任を自分に負うことで家作りに参加している意識を非常に強く感じられることに因ります。事実、これまでのところ、非常にすばらしい経験をさせてもらっています。

つづく

私のCM体験記 5 (銀行との格闘)

再び銀行の話題。

ローンの契約を銀行として、いよいよ金消契約(銀行とローンの最終契約をすること。このタイミングで銀行口座がロックされて、支払先(通常は不動産会社、工務店やハウスメーカーなど)へお金を払う日を決める)を実行した段になって、再び問題が発生しました。

これまで何回かお話ししてきましたが、CM法は施主と個々の工事を実行する専門業者がそれぞれ個別に契約を結び、個々の工事に関して最適なコストと品質で施工を進めていく方法です。そのため、上の図の右側にあるような体制で、実際の建築工事は進められていく訳です。この体制が実は銀行側にとっては大変な迷惑なのだろうと、実際のやり取りの中で感じました。
というのは、建築工事に関する実際の支払いは上図の左側のような体制で行います。施主である私と各工事を担当される専門業者さんとの間をつなぐのは、建築事務所である鎌倉設計工房さんで、私が結んだ契約も、鎌倉設計工房さんとの間だけで「建築設計・監理業務委託契約書」というものを結びました。実際には、鎌倉設計工房さんの名の下に、大工さん、左官屋さんなどの専門業者さん達と、私自身が「工事請負契約」を交わすことになりますが、具体的に自分自身がこの契約を交わすことは、今回の場合ありませんでした。(本当は、それも自分でするのが本来の意味でのCM法だとは思いますが、私の場合は業者の選定に関する技術的な助言等も契約範囲にあり、実行に際しては、実際には私の名の下に建築事務所が行ってくれました)
この実際の形態が、銀行が責任を負う範囲になる訳です。そうなると、どんなことが起こるか?まず、借入金の金額以上の物件を本当に私が作るのか、ということが問題視されました。要するに、住宅ローンという、ある種の保護の下に借りることのできる借金で、別のことをされると、借り入れの設定をした担保物件の価値以下のものしか、もしもの場合は、銀行に戻ってこないということになりうるからです。けれども、CM法を実施すると、各工事価格は工事の状況(工事日数の問題や、設計変更、設備機器の変更など)に応じて日々変化するものであり、ローンの確定時期においてもその金額が確定していないのです。そこで、今回の場合は、仮の発注書を設計事務所に作成していただき、その注文請書を各工事業者に作成していただくということで、この問題を切り抜けました。(もちろん、銀行側に対する証明書類になるため、業者さんには印紙を貼っていただかなくてはなりません。)
もう一つ付け加えておきたいことは、銀行は非定型の煩雑な業務に関しては、非常に渋い顔をするということです。上記の図の通り、CM法を選択すると、自ずと銀行は多くの業者の信用調査が必要になることになります。私が今回ローンの取引をした銀行に借入限度額についてお尋ねした時は、担保になる物件の大きさを作るために、ハウスメーカーからいただいた仮の図面を提出して、その限度額を設定しました。このとき、不動産屋さんにお聞きしたところでは、ハウスメーカーにお願いした方が、一般的な工務店にお願いするよりも貸し出し金額を多くしてくれるというお話しもありました。ということは、住宅建設をお願いする先の信用条件の良し悪しがあるということになります。藤本さんのところにお願いした件を伝えて、その契約書を持っていったときには大きな問題にならなくとも、実際にCMで家を建てるときには、実に多くの業者との関係があるという事実にぶつかったとき、銀行の方も少々慌てたというのが本当のところかもしれません。
こうした経験から、CMを世に根付かせるためにあるハードルの高さに改めて気づかされると同時に、そうしたものを少しでも低くするために何かのお手伝いができないかと思ったことが、この体験記を書こうと思ったきっかけです。

兎にも角にも、本来は施主が追わなければならない様々な責任をも、設計事務所の方々のお力を借りて何とか果たして、銀行とは無事契約をまとめることができたのでした。
いよいよ、家作りがはじまったのです。

つづく

 


私のCM体験記 6 (建物作りの楽しみ方? −着工−)

2003年6月7日、いよいよ私たちの現場作業がスタートしました。
この決定は思っていた以上に唐突な始まり方でした。その週の火曜日に事務所で見積についての確認をしはじめたばかりで、まだ最終的にすべての業者の見積とその発注先を決定していない状況の中で、「では、土曜日から基礎工事をはじめましょう」となったためです。それまでに、CM法は施主が何でも請け負うのだ!という感想を持っていたので、まだ発注先も決まっていないのに?という印象も残っていたためでした。しかしながら、事務所で検討をした見積は、各工事に関して3社からの見積があり、事務所の方で大方想定される予算にあった各工事の目標金額もあり、その時点で見積金額が予算を若干超えてはいましたが、交渉、交渉また交渉で予算内に納めるという目標値が見えている中でのスタートでした。ということで、予算を大幅に超えてしまうのではないか?とかいう不安を感じることなく、「ええ?こんな風に始まっちゃうの?」という感じでの着工となりました。
既に、皆さんがこの体験記をお読みになっている現在では、私は鎌倉設計工房とその仲間たち(敢えて業者さん達をこう称した方がいいかと思いまして)に建設いただいた建物に暮らしています。先日、完成したときに事務所のオープンハウスを開催していただきましたが、実に多くのCM体験候補の方々にもご訪問いただきました。あの時、何人かの方とお話をしていて思ったのは、建物を建てる前に感じる、これで本当に良いのだろうか?という疑念と、予算は本当に大丈夫だろうか?という不安が皆さんかなり強いなということでした。上述のように、私の家の着工は、本心を言えば少々唐突な始まり方でしたが、実はそれがCM法を実践する醍醐味の一つでもあり、また工夫のしどころの部分でもあり、色々な葛藤を体験するところでもあります。人によっていろいろ感じ方はあろうかと思いますが、私の個人的な感想としては、走りながらいろいろと考えることのできたCM法で家を作ることができて、本当に良かったなぁと思っています。
この走りながら考えるという体験を早速、着工直後に経験することになりました。基礎工事の一番初めにすることは、遣り方という作業で、家の土台の高さや、東西南北の基準を決める作業を行います。この作業はまさに家作りの一番最初に行われるものですが、この作業のときに、設計上想定していた地面の基準面が少々高いことが判明しました。役所でもらったり、当初住宅メーカーにお願いして測量していただいた図面の基準情報にミスがあったのと、思っていた以上に掘り返した土が出てきてしまったのです。どんな人でもたいていの場合はそうだと思いますが、家作りははじめての経験です。その初日に、いきなりトラブル発生という事態になってしまい、少々不安な顔になってしまいました。事務所の大変お世話になった横松さんも、「施主さんが最初からトラブルで不安になるじゃないですか」などといいながら基礎工事を行ってくれた業者さんと対応していただきました。ものづくりでは、そうした出来事が起こるのが当たり前で、世の中に2つとない自分達だけの家を作るので、むしろそうしたことが起こるのは日常茶飯事であるはずです。これをどれだけ楽しめるか?ということがCM体験なのだなと、その時に決意を新たにしました。今はもうだいぶ昔のことのようにも思えますが、終わってみれば、とっても楽しい思い出であり、参加した!と心から思える体験です。
つづく


 

私のCM体験記 7 (建物作りの楽しみ方? −着工−)

建築家に頼んで、自分の家を建てようと思う方がよく目にする雑誌や本の中では、以下にして用意周到に様々なことを準備して、工期に遅れが出ないようにするかとか、追加工事を抑えに抑えて予算の中でものを納めようとするかということに気を払いなさいという記事があると思います。私自身も、CM法を実践するに当たって、このことがとても気になりました。工事着工に入るずいぶん前に、CM法は本当に自分にとって得なのかという部分で、こうした費用増大に関することが気になり、藤本さんにメールをしたことがありました。鎌倉設計工房さんでは、建設工事中の不慮の出来事に対する保険をきちんとかけられており、そういう面の心配のないことも最初にきちんとお伝えいただきました。それ故、自分としては安心して建設工事に入ったつもりでした。
とはいえ、建物作りがはじまると、やはり、一番気になるのは毎日の天気でした。我家の場合は6月のはじめに着工となり、まさに梅雨時の建物建設であったためか、毎日、天気が気になりました。特に、基礎工事期間は色々と気が気ではありません。素人考えがはやって、雨が降ると基礎のコンクリートの水分量が変わってよくないのではないか?などと考えてしまうからです。加えて、雨の日は職人さんも仕事ができないため、工期がどんどん長引いていくのでは?という心配しました。(加えて、地鎮祭のときも雨でしたので。)
しかしこれだけは、自分たちの力だけではなんともならないものです。建設途中のこのような、自分ではどうしようもできないことは、ものすごく多いのです。天候以外でも、大工仕事やその他についてもどうしようもできないことが意外とあります。この体験記をお読みいただいている多くの方は、おそらくものすごく建物に関してや、その建物の先ある暮らし方に関して勉強をされた方々と思います。そのため、自分の夢や希望がものすごく強い人たちだと思います。私自身も、自分が家を建てるときは、しょっちゅう建設途中の現場に行って、そこでいろんなものを見て、感じて、いろんな意見を言って、自分が100%納得の行く建物を建てようと思っていました。ですが、餅は餅屋にというのでしょうか?現場の職人さんはプロであって、彼らが話している内容の100%はどんなに勉強していても理解はできないものです。ですから、なんとなく納得がいかなくても、結果としてそれが一番よい選択になることが多く、自分の力の及ぶ範囲を自覚しながら、捨てるもの、残すものを決めていくプロセスが生まれます。
この希望のいくつかを捨てていくという作業は、一生に一度と思える家作りではなかなか決断しにくいことです。後悔先に立たずというのが脳裏をよぎるからです。CM法で実践する家作りでは、着工した時点であがっている見積は100%完璧なものではありません。それは、施主の希望を反映した工事項目の積算値であって、最終的に予算の限界と希望の織り交ざった絶妙な絹織物のようなシートなのです。希望のうち、何を捨て、何を活かすか、どうしても捨てられないものは?など考えることは一杯です。でも、ちょっと考えてみてください。もしも潤沢な資金があって、自分の思いをすべて展開できたとしたら(いわゆる数億円の家?)、それは、いろいろな技術、素材、アイデアのオンパレードで、逆につまらない家になってしまうのではないかと思うのです。(これは、藤本さんと素材検討に高知に出かけたときに、見たお宅がそんな感じで、藤本さんも仰っていたことでした) こう考えると、希望を捨てることも時には必要という寛容な心が出てくると、CM法を通じた家作りがもっと楽しくなってくると思います。
話が脱線したようですが、言いたかったのは、天候、現場の作業、予算、どれもそうそう自分が思うようには進まないものであるということです。前回の体験記でも記しましたが、結局は、建物をつくるというプロセスを通じて起こるすべてのことを、いかに楽しむことができるかということなのです。建物がいよいよ完成となろうとしていた時に、家内が言った一言、「もう、ここで"べんがら"を塗ったり、新しいものができていく過程に一喜一憂したりできなくなるのは寂しいね」はそのことを象徴しているかのようでした。(ちなみに、家内は、建物ができて引越しをしている段においても、ここに暮らすというのには少々違和感があると言っていました。なぜなら、私たちにとってそこはあくまでも現場であり、現場で感じ、体験したプロセスすべてが私たちにとっての"家"の形だったからです。) 皆さんにも、是非、この「現場」体験をしていただきたいと思います。ある種の諦め、憤り、喜び、おまけ的なものへのお得感、そうした家作りを通じての楽しみを120%肌で感じて欲しいと思っています。その最たる方法がCM法なんだなぁと、今、痛感しております。
つづく

 

 

私のCM体験記 8 (伝統的儀式は椿事? −地鎮祭、上棟式−)

「いったい、いつまでこの体験記はつづくの?」と先日、家内に言われました。言いたいことがたくさんあるような気がしていて、ついつい長くなってしまっていますが、12回目くらいが最終回になるのかなぁと思っています。
ところで、回数を減らさねばと思って焦っているうちに、我家作りをCM法でやったためにぶつかった一つの難題を忘れていました。それは、伝統的な儀式である「地鎮祭」と「上棟式」です。(既に、我家の工程を映されたTV番組を見た方は、揉め事がいろいろとあったことをご存知かもしれませんが)
我家が求めた土地は、古くから人が住んでおられた土地で、家族全員が地鎮祭をやらないと不安な気持ちになっていました。そもそも土地を買う前に、この土地で大丈夫かということも、家内の実家の方で著名な霊能者に占ってもらったほど、迷信深く対応していました。いざ、地鎮祭となったとき、CM法では20余りの業者の方々に仕事をお願いするため、工務店に一括したりするのとは違って地鎮祭そのものを自分で準備する必要が出てきました。これは結構大変でした。神社にお願いして、神主さんが来ればそれでOKというものではなかったのです。地鎮祭は、土地の真ん中辺りに1坪ほどの大きさの枠を本竹とわら縄で囲った場所を作って、そこに神棚を設けて季節の食物(野菜、魚)と米、お酒を祭って行います。ところが、この本竹とわら縄というのが、手に入れようとしても素人には簡単に手に入らないものでしたので苦労しました。我家では、父の田舎から地鎮祭で使用する真竹を送ってもらいましたが、宅配便では1m程度の大きさのものしか配送できないため、竹を切断して送ってもらいました。地鎮祭当日は、その竹をつないで使用するということをしました。この他に縄を用意してくださいとか、地鎮祭ひとつするにも、用意しなくてはならないものはたくさんあって、伝統儀式だなという実感を持ちました。



上棟式もどういう形式でやるかということで苦心しました。おまけに、上棟式は鳶と大工仕事が重なるので、計画した日にできるかどうかもはっきりしないのです。これは、上棟式は上棟の日に行われるものであり、木造の在来工法の場合、上棟作業は一気にしなくてはならないためです。我家の上棟式は梅雨の終わりごろで、翌日は私が出張する必要があったため、どうしてもその日にしなくてはなりませんでした。しかし上棟式当日、朝方から非常に激しい雨に見舞われ、「今日の上棟式は無理だな」と思いました。ですが、10時過ぎから小雨になるとの天気予報から、鳶さん、大工さん総勢10名以上の方々が雨の中で上棟をしてくださいました。作業に従事していただいている方々ばかりではありません。我家の場合は、旗竿地であったため、上棟に必要なクレーン等の機材が入るかどうか問題になりました。これも、お隣の方がご自宅の駐車場にされているところを、快くお貸ししてくださり、非常にスムースに上棟作業を進めることができました。



肝心の上棟式ですが、遣り方に対する問題はあったものの、作業に従事していただいた方々にもご満足いただいて、何とか無事に終了することができました。上棟式で大工さんについて、家の四隅にお酒とお米を撒いたり、唄を鳶さんに披露していただいたりと、伝統的な催しをしていただきながら、何とかもてなしをすることができ、ご満足いただいて終わることができました。



地鎮祭や上棟式は、伝統的な儀式であるために、予想もしない椿事が起こりますが、この儀式を通じて痛感したことは、家は一人の力で建てることはできないということでした。これこそCM法の原点で、色々な方の協力によって、ひとつのものを作り上げていくことができる喜びを感じることができるのです。
つづく